はじめに:この記事を読んでくれているあなたへ
はじめまして、大塚 雅仁といいます。
高卒で自動車工場に就職し、32歳のときにスーツケース1つで上京して、未経験からIT業界に飛び込みました。現在はIT業界5年目で、事業会社の社内DX推進チームでリーダーをしています。
こう書くと、うまくいった人の成功談に見えるかもしれません。ただ、私の32歳までは、胸を張れるようなキャリアではありませんでした。
もしあなたが今、
- 今の仕事を続けていても将来が見えない
- 学歴や年齢がネックで、一歩を踏み出せない
- 未経験でIT業界に行っても、ブラック企業に当たるのではと怖い
と感じているなら、この記事は、数年前の私が一番読みたかった話です。長くなりますが、飾らずに書きます。
第1章:何も身につかないまま、気づけば8年が経っていた
「安定した大企業」の中で感じていた違和感
私は地方の工業高校を卒業して、18歳で大手自動車メーカーに就職しました。配属は塗装課のライン作業です。
毎日、同じ作業の繰り返し。気づけば8年が経ち、26歳になっていました。
大企業ですのでとても安定はしていました。給料が突然なくなる心配もありませんし、ローンが組めないなんてこともない環境です。それでも、「この仕事で身についたスキルを、他の場所で評価してもらえるのだろうか」という不安が、いつも頭の片隅にありました。
59歳の先輩を見て、血の気が引いた日
決定的だったのは、ある日、59歳になっても同じ作業を続けている先輩を見たときです。
その先輩を否定するつもりはまったくありません。ただ、そのとき私は、「ここで決断しないと、自分もいつかはこうなる」と、背筋が冷えました。
大企業なので、周りには辞める人がほとんどいません。みんなが残る環境の中で、「辞める」という選択肢を持つことは非常に勇気が要りました。
辞めたのに、何も変わらなかった
それでも私は退職を決めました。ところが、ここからが本当にしんどかったのです。
辞めはしたものの、これといったスキルはありません。就ける仕事は限られていて、仕事を転々としました。年収は上がらず、スキルも身につかないまま、気づけば32歳になっていました。年収300万円以下。大企業を辞めてまで動いたのに、何も変わっていなかったのです。
あのときの感情は、いまでも覚えています。「自分は何をやっているんだろう」という焦りと、動いたのに結果が出なかったことへの恥ずかしさ。そして、「もう一度動いて、また失敗したら今度こそ終わりだ」という恐怖でした。
第2章:IT業界に「行きたい」のに、動けなかった理由
「IT業界なら稼げそう」という、ぼんやりした期待
そんな状態でも、頭のどこかで「IT業界なら稼げそうだ」と常日頃から思っていました。未経験の人なら、誰もが一度は思うことかもしれません。
ただ、当時の私は、IT業界のことを本当に何も知りませんでした。
- どんな会社を選べばいいのか
- 何を勉強すればいいのか
- 入社したらどんなキャリアになるのか
なにもわからないまま求人サイトで「未経験歓迎」と書かれた求人に、片っ端から応募していました。振り返ると、戦略も何もない動き方です。
動けなかった自分に、苛立っていた
行動できなかった理由は、はっきり言えば「怖かった」からです。
- 30代で未経験は、もう遅いのではないか
- 高卒の自分を、採用してくれる会社があるのか
- 入った会社がブラックだったら、今度こそ取り返しがつかない
頭の中は、そんな不安でいっぱいでした。やりたいのに動けない。動けない自分にも苛立つ。この感情のループに、かなり長い間はまっていたと思います。
実際に動き始めてからも、順調ではありませんでした。面接はなかなか通らず、書類で落ち、面接で落ち、気づけば10社、20社近く落ちていました。通過率は10%ほどだったと思います。
転機は、たった一言だった
そんな中で内定をもらえたのが、東京のIT企業でした。
面接で聞かれたのは、こんな一言です。
「東京へ来られますか?」
私は、ほぼ反射で「行きます」と答えていました。今思えば、考える余裕がなかったからこその即答でした。
もしあのとき「東京はちょっと……」と言っていたら、今も同じ生活を送っていたと思います。
第3章:スーツケース1つで上京して、地獄の1年目が始まった
社宅があったから、身1つで行けた
入社した会社は、家具・家電付きの社宅を用意してくれました。そのおかげで、内定から2週間後、スーツケース1つで上京することができました。
不安がまったくなかったと言えば嘘になります。それでも、不安よりも「やっと環境を変えられる」という期待のほうが、少しだけ勝っていました。
研修初日、80人から3人になった
入社した会社は、未経験者を社内教育で育てて、人員を必要としているIT企業へエンジニアを貸すというIT業界ではよくある”SES”という働き方の企業です。入社当日から3か月の研修です。
当時はコロナ禍の真っ只中。初日からテレワークでの研修です。IT企業で働いたこともない人間がいきなりフルリモートを手に入れたのです。入社日当日、ドキドキしながらパソコンでビデオ通話のURLをクリックすると、画面には同タイミングで入社した約80人の顔が映りました。これから「インフラ研修」と「プログラミング研修」の2つのグループに分かれて研修がスタートします。私はプログラミング研修で研修のグループに分かれた途端、画面に残っていたのは私を含めてたった3人でした。
私が選んだのは「準高度研修」と呼ばれる、難易度の高いプログラミング研修でした。しかも、他の2人は開発経験者と、独学でJavaの資格まで取っている人。自己紹介で自分の薄い経歴を話すのが、正直とても恥ずかしかったです。
研修に関しては、初日から何を言っているのかまったく分かりませんでした。2日後には小テストがあり、落ちれば別コースか、退職です。夜0時まで勉強して、なんとか最初の1週間を乗り切りました。
手取り14万円、家賃8万5千円
転職したにもかかわらず生活は決して楽ではありませんでした。研修中の手取りは約14万円。東京の家賃は高く8万5千円で、補助はあったものの、毎月ギリギリです。
それでも続けられたのは、「ここで投げ出したら、また32歳の自分に戻る」と思っていたからです。
偶然出会った武器と、環境の力
研修の途中から学ぶことになったのが、Salesforceという企業向けのシステムでした。聞いたこともない分野でしたが、ここで出会ったことが、後に人生を変えることになります。
少し難易度の高い資格を取って、毎月4万円の資格手当がつくようになり、実務経験を積んで、事業会社へ転職しました。年収は480万円。家賃補助も含めると、実質的な価値は680万円ほどになりました。
年収300万円以下から、実質年収680万円へ。4年かかりましたが、特別な才能があったわけではありません。変えたのは、「行動」と「環境」だけです。
過去の自分に、いま伝えたいこと
もし32歳の自分に会えるなら、こう伝えたいです。
「怖いのは当たり前。でも、一人で全部を判断しなくていい」
当時の私は、業界の情報も、会社の良し悪しの見分け方も知らないまま、一人で必死に動いていました。運よくうまくいきましたが、振り返ると、かなり危ない橋を渡っていたと思います。
未経験でIT業界に入るなら、最初に入る会社選びで結果が大きく変わります。研修の中身、配属される現場、年収の上がり方。こうしたことは、求人票だけでは分かりません。
もっと早く、業界を知っている人に相談していればよかった。それが、私が一番後悔していることです。
まとめ:過去の自分と同じ悩みを持つ人の力になりたい
この記事を書いたのは、過去の自分と同じように、悩んでいる人の力になりたいと思ったからです。
もしあなたが、
- 今の仕事に将来の不安を感じている
- 東京で働きたい
- IT業界に興味はあるけれど、何から始めればいいか分からない
- ブラック企業を避けて、きちんと成長できる環境を選びたい
と思っているなら、一度、気軽にお話ししませんか。カジュアル面談で結構です。
転職を勧めたいわけではありません。「今の自分に、どんな選択肢があるのか」を一緒に整理するだけでも構いません。履歴書の書き方、会社の選び方、年収の考え方など、私が実際に経験してきた範囲で、率直にお答えします。
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数年前の私のように、一人で悩んでいる誰かの一歩を、少しでも軽くできたら嬉しいです。
